

日本アカデミー賞で岡田准一が「永遠の0」で最優秀主演男優賞を獲った。
先日テレビ東京でも向井理主演で同じ「永遠の0」が放映された。
テレビ東京版の方は三夜に分かれた7~8時間に亘ったドラマで、時間が十分にあったことから原作により近い作りになっていて、映画版ももう少し時間が長く欲しかった気がしたが、事主演に関しては岡田准一の方がずっと良かった。
一番感じたのは、生きることに執着し、どんなに上司や同僚、部下からも誹られ、殴られても家族の元に帰りたいと願った主人公が、戦局が進み、教え子達が特攻で次々と死んでいく中で、久しぶりに会った教え子が、主人公の顔つきが変わって最初判らなかったという場面があるのだが、岡田准一のその顔つきの違いの迫力の演技が凄かった。
岡田准一は「蜩の記」でも最優秀助演男優賞を獲得してダブル受賞になったが、本当に良い俳優になったと思う。
日本アカデミー賞は第一回目から30年間くらいに亘り会社で副賞を出していたので、毎年受賞式には必ず出席していて、特に思い入れの深い賞であったが、正直言って受賞作は殆ど観ていなかったのだが、逆に副賞の提供を止めたころから日本映画もよく観るようになった。
今年の作品賞、男性主演賞、女性主演賞の作品の中だけでも、永遠の0以外「紙の月」「蜩の記」「超高速参勤交代」「舞妓はレディ」「柘榴坂の仇討ち」と随分観ている。
個人的には永遠のゼロ、超高速参勤交代、舞妓はレディはとても良かったと思うが、やはり昨年の邦画の一番は「永遠の0」だったと思う。
ハリウッドに負けず日本映画ももっともっと頑張って貰いたい。

世の中には頭の良い人というのは沢山いると思うが、一般的に思われる頭の良い人というのは、数学や物理などが素晴らしく出来、ノーベル賞の候補になったり、凄い記憶力を持っている人やクイズでの正解率が素晴らしい人たちのことではないかと思う。
勿論そういった人達は間違いなく頭の良い人であるだろうが、僕はそういった人達より、頭の余り良くない人にも判る様に物事を説明出来る人が一番頭の良い人だと思う。
兎角頭の良い人はあまり良くない人を見下す傾向があり、「こんな事も判らないの?」という意識がとても強いものだと思う。
だから判らない人に説明してもしょうが無い、無駄だという意識が強いが、頭の良くない人に説明するステージで物事を考えられる人は、上のステージだけで通用する物事の考えしか出来ない人よりずっと頭の良さや柔軟性も上だと思う。
例えば何かの講義や講演を受けるときに、本当に頭の良い人の話はとても判り易い。その主題に関して伝える事にキチンと優先順位を付けられて、伝えたいことを短く伝えられる技術を持つには本当に頭が良くないと出来ないと思う。
東大や京大などの国立の最高学府と呼ばれている大学出身の人の話は理屈っぽかったり、自分の物知りをひけらかしたり、感じが悪く判りにくい事も多いものだが、池上彰や林修がもてはやされるのも、彼らの話が一般の人達にとても判り易く、簡潔であるからだろう。
頭の良くない人の典型は、電話やメールがやたらに長く、要領を得ないことだろう。長くなればなるほど自分の伝えたいことが相手に伝わらないことにさえ気づいていない。
まあ恋人同士の長電話だけは、何かを伝えたくて電話をしているというよりも相手の声を聴きたくて長くなっているので全く別の話だろうが。

テレビが壊れた。
何故か急に音が出なくなり、ボリュームを最大の100まで上げるとやっとスピーカーから微かに聞こえるので、スピーカーや音声回路がとんだ訳でもなさそうだ。
メーカーの故障相談に電話をしてみたら、まずはリセット動作をしてみるように言われたので、電源を落とし、コンセントを抜いて数分置いてから再びコンセントを差し込んで電源をオンにしたが、症状は変わらない。念の為、長時間コンセントを抜いてから再び試すと、一瞬音が出るようになったのだが、チェックをしているうちにまた出なくなった。
メーカーによると、都内への出張修理の場合、修理自体をしてもしなくても出張費の2000円と診断料の1200円は必ずかかり、考えられる2つの部品がそれぞれ3万円するので、部品一つの交換という最低の費用で済んだとしても消費税込みだと約3万6000円、二つとも交換だと6万円以上かかると言われた。
それほど高級機種ではなかったので、同等の32型のテレビの価格を価格comで調べたら、一番安いもので3万3000円程度で出ていたので、修理する価格以下で買えることが判明した。
早速注文する事にしたのだが、テレビに限らず修理より新品を購入した方が安い商品は巷に溢れており、普及型のプリンタなどは、修理どころか消耗品のインクの交換代で新品のインクの付いた本体が手に入れられるという信じられない価格体系になっている。
物を捨てる事を前提に全てが進んでいるようで、ちょっと考えさせられる。

昨日に引き続き、Twitterの紹介。
Twitterはフォロー(自分がフォローしている)、フォロワー(相手が自分をフォローしている)という関係が中心で、友人や自分が欲しい情報、好きな芸能人などをフォローすると言う形でスタートし、それぞれのツィート(=つぶやき)を投稿していく。
ツィートのやり取りは基本的に全て公開だが、個人的にやり取りしたい場合はお互いにフォロワーになっている同士に限り、FBのメッセンジャーの様に他の人に見られずに直接のやり取りも出来る。
FBが基本は本名でアカウントを作るのと違い、Twitterは自分のアカウントを作る場合、本名を使う必要性は低く、ニックネームや全く関係のない名前を使ってアカウントを作成している人も多くいる。
相手が自分をフォローしていなくても、自分がフォローした相手が何かツィート(発言)すると、FBの様に自分のタイムライン上にツィートがずらっと並ぶが、FBとの一番の違いは、相手からフォローされていなくても相手の発言を読むことが出来る事と、Twitterのタイムラインは完全に時系列で並ぶ仕様になっており、誰かが自分の発言に返信すると(FBでのコメントにあたる)、その返信の発言は元の発言の日時と関係なく、あくまでその返信の日時によってタイムラインに並ぶので、誰かの発言があると、古い発言が勝手にタイムラインの上部に再登場してしまうFBより時系列的には判り易い。
また、一回のツィートは140文字までという制限が有り、短い文章で言いたいことを纏める練習にはなるが、どうしても140文字を越えた文を発言したい場合は幾つかのツィートに分ける必要が有る。
FBの「いいね!」にあたるボタンはないが、「返信」「リツィート」「お気に入り」「その他」というボタンが有り、FBのシェアにあたるリツィートで情報を拡げたり、取って置きたい情報を星マークの「お気に入り」ボタンで簡単にキープして、いつでも読むことが出来るので、情報を得たり使ったりする場合に非常に便利だ。
FBでシェアをしても、設定で誰にでも公開という様に拡げておかない限りは友達の間で拡がるだけだが、Twitterのリツィートで情報を拡げると簡単に拡散できるので、興味のある人や団体、会社をフォローすれば、相手がフォローしてくれていなくても、相手の発言や相手がリツイートした発言はすべてタイムラインに表示されるので、自分が直接フォローしていない人の面白い情報も手に入れる事が出来る。
例えば大地震が起きて至急の知らせが有る場合、もしフォロワーの数が多い人にそれを知らせ、その人がそれをリツィートしてくれれば、あっという間に何万人、何十万人に拡げる事も出来る。実際東北大震災の時も、瓦礫の下に閉じ込められた人が、それをツィートして助けを求め、そのツィートが拡散されて助け出された例もあった。
FaceBookは誰かが発言すると、必ずその全ての発言に対して通知が来るので、人の発言を見過ごしにくいが、自分がコメントした友人の発言に自分とは全く関係の無い友人の友人がコメントしても自分に通知が届くなど、時たま通知だらけになって、とてもうるさい。
それに対してTwitterは一々通知は来ないが、タイムラインは未読が全て表示されるので、暫く閲覧をサポっていると、とんでもない数が溜まってしまう。簡単に一番最近の未読に飛ぶ事は出来るのだが、飛んでしまうと、途中に見たい情報があったとしても気付かない儘になってしまうこともある。
また、有る特定の話題、例えばアカデミー賞ならハッシュタグと呼ばれる#を付けた「#アカデミー賞」をつぶやきのどこかに付けると、その話題で知らない同士が盛り上がる事も出来たり、アカデミー賞に関するつぶやきのみを検索して見る事も出来る。あるいは仲間内で仲間だけに通じるハッシュタグ(ことば)を決めて#XXXと付ける事によって自分たちの間だけの通信に利用出来る。
友人間のやり取りのFaceBook、情報を得られやすいTwitterという様に、用途も時間の流れ方も全く違うので、うまく二つを使い分けると情報を伝えるにも得るにも便利なサービスではあるが、現在では既にアメリカの若者達の間では、この二つのサービス離れが激しくなってきており、Instagramへの移行が急激に進んでいる様に、今後も色々なソーシャルメディアが出てくるのだろうが、新しいものを覚えるのは少々億劫になってきた。
まだまだ書き切れない機能は両サービスとも一杯あるのだが、ここに書いた事だけ知っているだけでも十分使えるので、もし始めてみたい人はどうぞ参考に。

最近ソーシャルメディアは専らFaceBookとTwitterになっている。
僕自身、全機能を縦横無尽に使いこなしている訳ではないが、皆がよく使う部分の表面は判っているつもりなので、今から始めたい人や、片方だけしかやっていない人の為に今更ながらの使い方を簡単に紹介しようと思う。僕も100%ではないので、もし、間違い、勘違いがあれば、訂正して貰いたい。
まずはFaceBook。(以下FB)
FBは、最初に友達を探し、その人達に「友達になって!」とリクエストを出す。相手もそのリクエストに応えて承認するとお互いが友達同士という仲になる。
自分から検索して友人を探して友達同士になるだけでなく、FBは本名で登録するのが基本なので、最初に入力する職歴、学歴等々のプロフィールから、例えば同じ年に同じ学校を卒業した人のFBに登録されたプロフィールとマッチングさせ、「この人は知り合いでは?」とFBが勝手に探し出してアナウンスしてくれて、卒業後何年も会っていなかった古い友人と結び付けたりもしてくれる。
友達の誰かがFaceBookで何か発言をすると、ブラウザやFaceBookのアプリ上のタイムライン(ウォールとも呼ばれる)という縦に発言が並んだ場所に表示されると同時に、それが自分宛に通知され、ブラウザの目立つ場所やFBのアプリに通知の数が表示され、何件通知が来ているか教えてくれるので、その数字が付くと、ブラウザでFBのページに行ったり、FBアプリを立ち上げて友達の発言を見る。ただ、発言が表示されるのにFB独特のパラメータがあるようで、いつもやり取りが多い友達でないと、必ずしも全ての発言が表示される訳ではないようだが、詳しくは公表されていないので、正確なところは判らない。
それぞれの発言には「いいね!」「コメントする」「シェア」という3つのボタンが付いていて、その発言に同意する場合は「いいね!」と意思表示すると発言者に「xxさんがいいね!と言っています」と通知され、コメント、シェアに関しても「コメントしました」「シェアしました」と教えてくれる。
コメントは読んで字のごとし、誰かの発言に対してコメントを書き込むことで、シェアはその誰かの発言を引用してそのまま自分の発言として(誰の発言のシェアかは表示されるが)他の友達にも拡げて紹介して行く場合に使う。
個人のFBの場合は、一般的にはFBで友達同士になっているのは、殆ど実際の友人達であり、会ったことのない人とFB上の友達になることはあまり無いので、拡がりはそれ程なく、反応してくれるのはいつも大体同じメンバーになりがちだ。その意味で狭い範囲の間でのつぶやき交換や、得た情報の紹介が中心になっているが、FBを通じてやり取りしていると、久しぶりでもいつも会っているような気になり、仲間の間のやり取りに限れば最適だろう。
通知が少しウザイ場合もあるし、友人が故に誰かが発言すると、特にいいねを感じる場合で無くても「いいね!」を押さないと悪い様な気になり、事務的に「いいね!」しているという面があるのは確かだが、少なくとも繋がっている仲間との間には、より仲間意識が芽生えるのは確かだろう。
自分の発言を見ることが出来る範囲を、自分だけや友達だけとか、友達の友達、制限無く公開など幾つものパターンを選べるので、まずは人には公開せず、日記のように使ってみるのもありだろう。
同じソーシャルメディアでも、Twitterはちょっと違っているので、つづきはまた明日。

以前フジテレビといえばTV界のチャンピオン局で、全時間帯、年間を通してずっと視聴率1位を守り続けていたのだが、最近のフジテレビの低迷が目を覆うばかりに酷い。
20年程前から10年間くらいに亘ってはずっと1位が続いていて、実際フジテレビの番組は他局と比べても面白いと思うものが多かった。
俺たちひょうきん族を始め、バラエティでは断トツに面白い番組が多かったし、オリジナルの面白さに溢れていた。
もっと昔はドラマのTBSと言われ、ドラマでは圧倒的な力を持っていたTBSから月9と呼ばれたトレンディードラマ枠を筆頭に、ほぼ全てのドラマで視聴率も1位を奪い、バラエティでも報道でもトップを走っていたフジテレビだったが、今では加藤綾子アナウンサー頼りの状況に陥っている。
女子アナをタレント代わりに使い出したのもフジテレビが最初であったが、それが度を過ぎた事も低迷の原因の一つだろう。
現在はテレ朝、日本テレビが調子の良い局の筆頭の様だが、確かに正月に毎年放送しているテレビ番組から絶対に観たい番組を3つ選んだら、全てテレ朝の番組だったし、テレビっ子(テレビオジさん)の僕が何気にチャンネルを付ける場合や同時間帯に複数のニュース番組が民放で放映されている場合は圧倒的に日本テレビであることが多い。
テレビ自体の今後が色々取り沙汰されているが、もっと各局には頑張って、下らない番組も真面目な番組も面白いものを作って貰いたいが、現在調子の良い局も女子アナ、芸人頼り、話題の人物(池上彰や林修)に頼り過ぎになってきて、皆フジテレビの二の舞に向かっている様な気もすることがちょっと心配だ。

フジテレビの人気バラエティ番組の「テラスハウス」が映画化され、昨年のテレビでの本来の最終回だった秋口から年末までの延長戦が描かれている。
約2年間続いた後半はよく観ていたので、その映画「テラスハウスクロージングドア」を観てみた。
テラスハウスの中心人物だった哲っちゃんこと菅谷哲也の物語が中心なのだが、思った通りの展開で思った通りの結末だったが、もう一人の中心人物の筈の島袋聖南がテラスハウスに帰ってきた意味が全く無く、正直この延長戦は必要だったの?というのが偽らざる感想だ。
この映画は、テレビのテラスハウスを観ていて、登場人物の人間関係や今までのいざこざ、それぞれの恋愛感情を知らない人にとっては訳が判らないだろうし、あまり面白く無いだろう。
もっと根本問題として、台本はないと言いながら明らかに台本が見え見えの場面も多い。恋愛バラエティと謳っているのだから、素人が台本を元に演じているとむしろハッキリ言った方が良いと思うのだが、何処に行くか判らない場面でも行く先々にきちんとカメラが入っているし、何台かのカメラを駆使した撮影の下に告白したり、家の中でも定点カメラ以外のカメラが使われている場合も多く、「台本は一切なく、自由な様を映している」と言われても白けてしまう。
そういった突っ込み満載のわざとらしさは別として、台本があるバラエティとして観たら、映画自体は楽しめたしとても面白かった。
尤も人気番組だったテラスハウスが終了したのも、明らかに売り出したい芸能人(を目指している人)が顔を売る為に出てきたり、番組自体のやらせ疑惑やわざとらしさへの批判が原因だったとも言われており、実際この番組で卒業した筧美和子や永谷真絵がその後タレントや歌手として仕事が増えたりの効果は十分あっただろう。
ただ映画館では感想を言ったり、突っ込みを入れながら観る訳にはいかないので、この番組は映画館向きではなく、テレビの前でワイワイ言いながら観る方がずっと合っている。

テレビ関係者にとって、一番気になる数字であろう視聴率だが、日頃から不思議に思っている事がある。
例えば紅白で誰々の唄ったときが一番の視聴率を記録とか、サッカーの誰々のゴールの瞬間が一番とか言われるが、何故その瞬間に視聴率が上がるのだろう?
紅白歌合戦なら事前に唄う順番が判っていれば、そこに合わせて観るというのも判らないでもないが、そんな見方をしている人は例外中の例外だろうから、それが視聴率を押し上げるほどいるとは思えないし、サッカーのゴールがいつ生まれるかが事前に判る訳がないので、その瞬間だけにチャンネルを合わせる人がいる訳が無いだろう。
それにも拘わらず、最高視聴率の瞬間というは、良い瞬間、決定的瞬間になる場合が殆どで、サッカーを始めスポーツ中継は特にその瞬間だけ視聴率が上がる理屈が判らないし、ドラマなどは観始めてつまらそうなので途中で止める様な場合を除いて、観るなら初めから終わりまで観るだろうから、途中であまり前後することは無いような気がするのだが。
視聴率を測るのはアンケートに依る方法とメーターに依る方法があるそうだが、アンケートは適当に書けるとしても、メーターが自動的に記録する場合はそういかないだろうからまんざら出鱈目ではないだろうが、どうしてこういう結果になるのか不思議なので、テレビ関係者の方、どうなっているのか是非教えて貰いたい。

今時の女性は彼とドライブに行くときに何を一番求めるのか?というアンケートがあった。
車と運転技術とはどちらが重要か?
という質問に対して、
車種 5.9%
運転技術 94.1%
と、圧倒的大差で運転技術を求めるという結果だったそうだ。
記名か匿名かは判らないが、もし記名だったら、中には車と答えたくないので、運転技術と答えた人もいるかもしれないが、それを差し引いても大差であることは間違いないだろう。
「命に関わる運転技術は絶対!」という答えが圧倒的だったようだが、同時に運転技術には人としての品性が表れることから、荒い運転、交通ルールを守らない、急ブレーキをかける、クラクションを鳴らす、罵声を浴びせるなどは特に嫌われる行為の筆頭であり、反対に駐車、スムーズな車線変更や右折、細い道での対向車とのスムーズな行き来が出来ると、明らかに株は上がるようだ。
そう言えば「女性の好きな男性の仕草」という質問の答えの一つに、車庫入れの時の片手を助手席のシートバックに当てて後を見ながらバックする真剣な姿というのは昔から変わっていないようだ。
またサーキット走行なら話は別だが、一般道を走らせるのに、上手い運転=速く走らせることが出来る運転と、明らかに勘違いしている男性も多く、横に乗せて貰う女性としては、1分1秒速く走る事よりもスムーズな疲れない運転が一番と思っている人が圧倒的に多い。
ただ、最近では自動運転のクルマも出だしてきたので、その内車庫入れも全自動で行えるようになり、運転技術の差も無くなってしまう事になってしまうのだろうか?

洗面所や浴室の鏡に付いた鱗状の水垢をどうやって落としているだろうか?
普通の洗剤をブラシに付けて落とそうとしてもまず落ちない。
ウロコ落とし、水垢落としとして売られている商品も幾つかあるが、結構高かったり、思ったより落ちないものも多い。
その中で、スポンジの片側に人工ダイヤモンドの粒子を練り込んだダイヤモンドパッドと呼ばれる研磨スポンジが結構威力があると聞いていたが、殆どの商品が1000円位している。
昨年の9月に、100円ショップのキャンDoがオリジナル商品で「ダイヤモンドパフ」という商品を発売してバカ売れしていて、全2万点の雑貨カデゴリーの中でも売上トップであることを聞いた。
効果が思ったほどなくても100円だからと軽い気持ちで買って使ってみたのだが、余りにも簡単に効果抜群でビックリした。
濡らした鏡になぜるように軽くこするだけなのだが、最初ウロコの水垢の部分でちょっとジャリッという感覚があり、それがなくなるまで本当に軽い力でこするだけで、鏡が新品のようになる。
鏡以外にも茶渋がとれないマグカップや便器内側の縁の黄ばみなども取れるそうで、どのくらい使えるのかよく判らないが、少なくとも鏡3枚を綺麗にしてもまだまだ使えそうなので、コストパフォーマンスは抜群だと思う。
これは是非騙されたと思って使って見る事をお薦めする。