
中学生の頃からカメラが好きで一眼レフに長い玉(望遠レンズ)を付けて富士スピードウェイなどのサーキットに良くカーレースを撮りにいった。
その頃はまだオートフォーカスどころか、露出も完全自動ではなく、ある程度自分の経験から値を決めて撮るのだが、フィルムカメラなので、現像をしてみないと写りが確認できず、結構無駄打ちのコマも多かった。
出来た写真も芸術的な綺麗な作品を作ることより、シャッターチャンスが全てという考え方で、二度と訪れないシャーターチャンスを如何に逃さずに撮るかを重要に考えていたので、じっくり構えて撮るのでなく、取り出す➡構える➡シャッターを押すという使い方で、古いカメラに詳しい人なら納得だと思うが、絞り優先のカメラ作りをしていたニコンよりシャッター速度優先のキャノン派であった。
その性か僕が撮る写真の殆どには人物が入っていて、景色の写真は殆ど撮った事が無い。逆に言うと僕にとってのカメラは人を撮るための道具であるようだ。写真好きの友人がいるのだが、彼の撮る景色の写真は素晴らしく、完全にプロの領域であるのだが、僕はどう逆立ちしても彼のような素晴らしい景色の写真は撮れない。
ただ、よくよく考えてみると、僕は写真好きではなくカメラ好きだと思う。
カメラに格好の良いフードを付けたり、ジボ革を買ってきて本体に貼ってオールドライカ風に仕上げたり、本体に初めから付いているメーカー名の入った両吊りのストラップは捨て、如何に格好の良いストラップを付けるかなどカメラのパーソナライズ化には相当力を入れている。
酷いときには同じ一眼カメラの新型が出た時に、レンズは使い回せるので、それまで使っていた旧型のボディを売って新型に変えたとき、その旧型では買った当初からいじくり回して自己満足に浸っていたのだが、結局売るまでに100枚も写真を撮っていないことさえあった。
それにしても最近のカメラはスマホに内蔵のモノでさえ素晴らしい写真が撮れるようになり、普段から持ち歩いているモノだけで写真を撮る事ができ、特に重い一眼カメラは殆ど持ち出す事さえもなくなってしまった様に、昔のフィルムカメラで一々現像をしていた時とは正に隔世の感がある。

大昔高校生の頃、フォークソングブームに倣いギターを購入した。
義理の兄が職業として歌舞伎等の三味線弾きだったのだが、仕事で三味線を弾き、趣味でギターを弾いていたので、彼にギターを教えて貰い、まだ世の中にカラオケというものが存在していなかったので、何か唄いたいときは専ら弾き語りをしていた。
というと格好良さそうだが、決して上手くはなかったので、コードの押さえ方も主に簡易的なもので誤魔化しながら、格好だけは一丁前に世のフォークソンググループを模しながら弾いていた。
高校・大学時代は結構弾いていたが、その後大学を卒業する頃は殆ど弾くこともなくなり、タンスの肥やしになっていたが、いつしか行方不明になってしまい、その後サイレントギターを買って暫く使っていたが、肝心のアンプが壊れ、スピーカーから音を出すことが出来なくなってしまったので、情けない程の小音量でしか音が出なくなってしまい、それ故弾かなくなってしまったが、最近また急にギターを弾きたくなって、新しく買ってしまった。
今度はアコースティックのフォークギターだがアンプを内蔵したエレアコと呼ばれるタイプで、普通に弾けば普通のアコースティックギターとして使う事が出来、アンプに繋いでスピーカーから音を出すことも出来る。
種類は沢山ある中でピンキリのキリの1万円台の製品で、アンプのコントローラーと共にデジタルチューナーが内蔵されているので、頻繁に調整しなくてはならないチューニングが凄く楽にできる。
窓とドアをしっかり閉め、外に出来るだけ音が漏れないようにしながら自己満足で弾いていると、高校生に戻った様でとても懐かしい気持ちになれる。

カラオケが生まれたのは多分僕が小学生か中学生くらいの時ではないかと思うのだが、初期の頃はカラオケボックスが存在していなかったので、大勢の他人もいる中でステージに上がって唄うというのが普通だった。
その頃のカラオケは大嫌いで、唄わされそうになっても何とか逃げて唄わないで済む様にしていたが、ある時北海道のトマムに10人くらいの友人とスキーに行ったとき、夜全くやることがないので、トマムの占冠村に一軒だけあったカラオケ店にみんなで行く事になり、そこで無理矢理唄わされたのがキッカケになり、偶々その日そのカラオケ店に来ていた当時の観音さんという占冠村長とすっかり意気投合して、盛り上がったことからカラオケが好きになり、それ以降東京でもカラオケに時々行くようになった。
それでも大勢の他人もいる中で唄うのは決して好きではなかったが、幸いカラオケBOXが出来てからは気の合う友人達だけで一部屋使う事ができるようになり、最近では一人カラオケさえも行くようになってしまった。
カラオケに行くようになって一番変わったのは歌詞をちゃんと覚えなくなったことで、昔はギター片手に唄っていたこともあり好きな曲の歌詞やギターコードは結構な割合で覚えていたのだが、カラオケでは歌詞が画面に表示されるから覚える必要がなくなり、余程くり返し唄っている歌以外は歌詞をあまり覚えなくなってしまった。
それにしてもカラオケ文化はもはや日本だけのモノではなくなり、韓国や台湾、ハワイなど日本人がよく訪ねる場所以外も世界中に拡がり、以前スイスの取引先の社長もすっかり気に入って、まだレーザーディスク全盛の時代だったので、知り合いの第一興商の友人に頼んで業務用のハード、ソフトを一式スイスに送った事もあった。
カラオケを最初に考えついた人には是非ノーベル賞を差し上げたい。